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2008年5月21日水曜日

知恵は経験に裏打ちされる

言うは易し、行うは難しとはよくいったものだが、実際ホントにそう思う。

例えば、アイデアを出すにしたって、人を動かすにしたって、ノウハウ本はいっぱいあるし、それを読めばできそうな気になる。実際、試してみてもある程度はうまくいくんだと思う。

だが、それに利害が絡むとなかなかそうはいかないものだ。

ある種、現場レベルでは、お互いに裁量がないものだから、決断は慎重になる。
そこで、上長なりに確認を取ったりなど、時間が経てば熱が冷める。どんなものもそれでは魅力的ではない。

かといって、冷めても大丈夫な提案ならばいいのかということでもない。
例えるならコンビニ弁当。これは冷めても大丈夫なのだが、体によくないし、うまくもない。

必要ならば摂取するようなものだ。

それならばビジネスレベルでは、コモディティであるし、そんなものはいらないわけである。

スピーディにすればいいじゃないかと言えばそうなのだが、如何せん裁量がないし、相手の都合もある。
非常に現実とは難しいものだと思い知る。

2008年5月18日日曜日

人生の目的について考えてみる

人は何のために生まれてきたのだろう。

これは色んな宗教や考え方によって差異が出ると思うのだが、個々の人間によってそのロールが違ったりする気がする。

とりあえず、現在の資本主義の世界においては、価値を生み出すことが社会的にも意義のあることだとされている(そう感じる)

だが、ビジネスはやはり慈善事業ではない。対価をもらわなければダメなのだ。
しかし、本当にそれが社会的に意義のあることなのだろうか。

たしかに必要な対価は必要だろう。

しかし、それ以上の利益追求には少々懐疑的である。

現代の株式市場のコンセンサスは、投資家の期待に応える形で各企業が頑張る形だが、それはあくまで身の丈にあったコミットメントであるべきだろう。
過度のコミットの提示は、イノベートにつながるかもしれないが、やはりフェアなレンジでのコミットメントを提示し、それを遵守するというのが筋な気がする。

投資家は必要以上に利益を求めすぎているし、そのスパンはますます短期化しているのではないだろうか。

近代化は人類に何をもたらしたのか。それは間違いなくスピードである。

産業革命による鉄道にしろ、ITによるブロードバンドにしろ、圧倒的に時間軸を短縮することに貢献している。
したがって、現在の時間軸は過去には考えられないくらい迅速化しているだろう。
その分、それに割く労力もカットされてはいるのだが…。

改めて時間という概念を学びたい気持ちが強い。と言っても、さしたる専門知識を持っているわけではないのだけれど。
時間は過去から未来までの一方向のみでの概念という事で、次元としての捉え方はできなくなった。

では、日々のこのバイオリズムはいったい何かということである。

分子生物学の観念では、人などの固体は絶え間ない原子や分子の集合体であり、固体ではなく、絶えず流動的なものであるという。

そうなのだ。そういったミクロレベルの視点においては、空気も水も人間も大差はないのだ。
全く持って興味深い考え方ではないか。

やはり自然科学の探求に勝る知的好奇心の獲得はない。

所詮、社会科学では満足できないのだ。

2008年5月17日土曜日

成長力の可視化の難しさ

日々の自分の成長力は非常に見えづらいところであると思う。

毎日のタスクでいっぱいいっぱいであるし、それをこなしているからといっても自分が成長しているかなんてとてもわからない。

恐らく、成長を実感するには、一定の長さのスパンが必要もしくは、十年来の友人と会ったりすることなのではないだろうか。

やっぱり、個人がわずかな期間でイノベートすることはないわけで、抜本的に変わることなんてないんだと思う。

しかし、こうやって仕事に携わるようになって思うところには、クリエイティブの仕事をしたいっていう願望が強くなってきた。

ほぼ、どの職種もスーツの側は、「交渉」がメインになってくる。

そんな中で自分の希望を言うのもおこがましいのだが、やはり世にない何かを作る…もとい、創ることをしたいわけだ。
そういったベクトルに照準を合わせて少しずつ努力していくのも成長の階段を上がるに等しいだろう。

2008年5月13日火曜日

作業効率のイノベーション

何かしら慣れるまでには時間がかかるものだが、それを縮めたらイノベーションになるのだろうか。

と、いうより段階的な移行ではイノベーションと呼べないのだろうか。

目標に向けて突っ走るという作業の繰り返しを続けると、ある種のイノベーションが生まれるのだろうか。

よくわからない。ただ、1つ言えることがある。

こういった事象は精神的にも肉体的にも非常に負荷がかかるということだ。

2008年5月12日月曜日

今さらながら

今さらながらカスタマイズにはまりだした。

色んなブログパーツが落ちてるから拾ってくっつけてるだけだけど、これがまた面白い。

ただ、テンプレートがオリジナルじゃないから、あまりフレキシブルじゃないのが残念だ。

そろそろHTMLを少し学んでオリジナルを作成しようかな。

もう少し楽しんでみよう。

2008年5月11日日曜日

インターネット媒体企業のジレンマ

はてな最大の矛盾

上記のようなブログがはてぶにあったわけだが、これは非常に参考になる意見だと思う。
言ってみれば、全ての情報を整理するという最大の目標に突き進んでいるgoogleではあるが、個々のサイトにおいてはまだまだ当該企業に分があるという認識ではあったが、すでにそうではなくなっているというインプリケーションではないだろうか。

すなわち、常にアップデートされるようなサイト内検索を持つような媒体でないのならば、サイト内検索を貼り付けるより、googleの検索窓をつけろってことだよね。

さらに、個々のブログにおいても言えることなんだけど、もはやgoogleなんかの検索エンジンにキャッシュされない情報は時代から淘汰されるという意味でもあって、非常になんともいえないものだ。

梅田さんのブログにgoogleに淘汰されない知的生産術が書かれてはいたんだけど、これは検索する段階での話であって、アウトプットした情報はやはりgoogleによって付加価値がつくという帰結になると思うわけだ。

ネットの世界はやはり検索を中心に回っている。たしかに、検索エンジンは個々の人間をエンパワーしてるし、これまでにないことを可能にしてはいる。

だけど、潜在的な恐怖としてマトリックスのような世界観をいだく私にとっては、そこに向かって突き進んでいるような気もしないでもない。

何が言いたいのかわからなくなってしまったが、要は、出される料理をただ消費するだけではダメだという事だな。自分で積極的にコーディネイトしていこう。

2008年5月8日木曜日

荒れた相場環境で投資家がどう動くのか

投信が株式を上回る

どうやら、この荒れた相場の中では個人投資家も自分では決めかねるといったところか。
まあ、投信にかぎっては、株式と違い、国内だけではないし、債券やコモディティ、FOFなどもあって、多様性には優れているためにある意味では賢明な選択であるような気もする。

しかし、マーケットもようやく落ち着きを取り戻したような水準になってきている。

そうなると、また個人の株式回帰の傾向が強まるのだろうか。

それとも、もう投信に1度住み着いたらそこから出ないのだろうか。

インデックスファンドは面白みのない商品ではあるが、確実性は高い。
堅実な人間は好むだろう。

まあ、なんにせよ、先のことはなかなかわからないものだ。

2008年5月7日水曜日

止まらぬコモディティの価格高騰

原油価格が1バレル=120ドルを突破したようだ。

色んなファクターがあるが、主な要因は2つとみる。

1、エマージング諸国の需要拡大
2、先物市場に投資マネー流入

1においては、今さら何をというレベルであるが、この需要が基盤となり、原油価格を下支えしている。
2においては、SWFの資金流入などといわれているが、それも1要因。
サブプライムを発端としたクレジットクランチにより、FRBが金利を下げまくったことで、じゃぶじゃぶになったマネーの向かった先がコモディティだったというわけだ。

小麦やらとうもろこしも、先のような理由で上がっている。さらに、バイオエタノール開発で更に上昇圧力がかかる。
だが、この新エネルギーはちっとも環境には優しくないようだ。CO2排出量が石油のそれより多いらしい。はよ新しい研究をせいという感じだ。

GSのレポでは、石油の価格は150~200ドルのレンジまでいくという予想らしい。
伊藤先生が、3~5年後の中長期における経済への影響が出るといっていたけれど、なるほどといった感じ。
株は経済の先行指標、石油価格は経済の遅行指標なのだろうかね。

まあ、どちらにせよ、影響が大きいことは事実だろう。

早く、投資マネーの新たな流入先を創出しないとやばいねー。
バーナンキもグリーンスパン同様に後々、批判されるんだろうな。

でも、金融政策って金利下げるくらいしかできないから辛いよな~。

もう、マクロで政策を誘導していくような時代じゃなくなったのかなぁ。
情報の流動性によって、機能不全に陥った気がしないでもないわけで。

あ~あ、情報や人材はコモディティとしての価値はないのに、現物コモディティは価値が上がってるんだもんなぁ~。やってらんないぜ。

2008年5月5日月曜日

web2.0以降の世界

もうweb2.0が表立って叫ばれなくなったのが記憶に新しいが、次の段階ってのはどういったサービスなんだろう。

言ってみれば、1.0と2.0の違いはインタラクティブ(双方向性)に尽きると思う。

ブログによって個々人が意見を発信できるようになり、「総表現社会」と称されたわけだが、それもそろそろ陳腐化されてきたワードとなってきたようだ。

ソーシャルサイトもある程度落ち着いたし、そろそろ情報整理が入るような気もするんだけど、次を考えてみたいという気持ちになっている。

恐らく、web2.0がビジネスモデルとして確立する頃にはすでにweb3.0ならぬ何か次のフェーズに移行しているはずだし、過去の潮流を鑑みても歴史的妥当性はあるはずだ。

俺の想像力が乏しくてキーワードすら思いつかない現状ではある。

何か思うことがあればぜひコメントしてほしい。

2008年5月4日日曜日

文系、理系カテゴリのパラダイムシフト

最近、個人的に感じることなので、そう思われない方も多々いることと思う。
だけど、忘れない備忘録として書いておく。

文系、理系のカテゴリを分類するものとして、
少し前までは
文系⇒人文科学
理系⇒自然科学

という認識だった。まあ、今もなお、それは根源的には変わらない。

でも、最近になって、

文系⇒プログラム書けない
理系⇒ギーク、アルファギーク

みたいな感覚が出始めた。

もちろん「バリバリ文系です!」って言ってる人がプログラム書いたりもしてるけど、
とことん書いている人ってのは文系出身者は皆無じゃないだろうか。
いわゆるシリコンバレー気質の人間というのは、理系でなくしてあり得ないと思うわけ。

当然、コードは無機質な文字情報の羅列だから、それを理系の大枠にはめるな!ってお怒りの人もいるんだろうと思う。
理系の自然科学研究者の方はロマンチスト無限大の方だから。

でも、それを追求できるのってすごい。今はネットでタダで論文が読めるからといっても、ある程度のリテラシーが必要だし、その上である程度の知識も必要。
そして、なによりこの有限である時間の許容量が必要なのである。

だから、難しい。どれだけ効率的にネットを徘徊しようが、個々の人間の能力、理解力、時間制約性には限りがあるわけで。

webを統括するgoogleですら、まだまだ人間の出す情報の一部しかカバーできていない現状を鑑みると、人間って改めてすげぇなと思う。

言葉、文字、紙が発明されて、とりあえずキリストが生まれてからの2000年間の歴史の出来事のカバーですらままならない僕らにとって、今のブロードバンド時代はカオス以外の何物でもないと思う。

そんな時代だけど、自分の生きた証の一部として、こうして文字情報を残すわけで、例えれば広い海の中にほんのわずかな碇を下ろす作業に似てる気がする。

歩みを止めてはいけない。ヘーゲルは圧倒的な量は質に昇華させると説いた。可能性は無限だ。人には有限なものばかりだが、可能性だけは今の時代においては無限であるといえる。それは想像の範疇を超えるという意味であって、必ずしも無限であるわけではないわけだが。

うん、今日も頑張ろう

2008年5月3日土曜日

WEB上のプレゼンスを上げていくべきである

久々の更新となってしまった。

日々、情報が発信され、集約されていくこの世界における自分のプレゼンスは非常に低い。

なぜなら、今では総量280エクサバイトといわれる情報量の中で、自分の意見を発信していないからだ。

まして、その1つに重みがあるかといえば、そんなこともない。

薄いお茶にさらにお湯をどばどば足しているイメージだ。もはや濁りすらないだろう。

そんなことでは、やはりいけない。

俺は梅田望夫さんから何を学んだのかということだ。

PDCAサイクルをしっかりと回していかなければならない。

そういうわけで、これからはこのblogのタイトルどおり、日々の気になる出来事を自分流にコーディネイトして発信し、少しでも自分の存在を確認していきたい

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